半纏の歴史

赤い和服の座っている女性

半纏は最もポピュラーな和装の部屋着といえます。秋から冬を経て春先まで3シーズンに着られているのが一般的で。 厳密にいえば、半纏にもそれぞれ季節応じた仕様があります。また形状には、袖の付いていない「袖無し半纏」と、筒袖の付いている「袖付き半纏」の二つがあります。さらに、裏地を付けない「単衣」、裏地を付けた「袷」、中綿を入れた「綿入れ」など着物と同様な仕立てがされているものがあります。季節と天候に使い分けるのが理想的です。冬は中綿の入った「綿入り」を着て、炬燵に入って暖をとるというのが半纏のイメージとして広く知られています。 また、「袖無し」は浴衣や丹前などの部屋着はもとより着物の上からもはおれますので、ほぼ一年の通して部屋着として着用できます。

半纏は、江戸時代の中頃から庶民の服装として広く着用されました。その形状も、広袖、角袖、筒袖とバリエーションがあります。職人や人夫の作業着としても重宝されました。屋号や家紋を染め抜いた「印半纏」もあり、商家などでは制服としても用いられていました。特殊なものとしては、分厚い刺子記事で仕立てられた防火服もあり、現在でも「消防半纏」として消防団で着用されている紋があります。 また半纏は、特定の労働者階級の庶民のなかでは正装として用いられていたようで、「窮屈羽織」と呼ばれていたそうです。大きな商家では、祝い事の際に出入りの職人に祝儀として与えられました。 半纏は法被と混同される事がありますが、法被は武家の装束から発生したものとされています。